大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所小田原支部 昭和42年(ワ)54号 判決

原告

北日本運送株式会社

ほか一名

被告

山下組こと山下兼義

主文

被告は、原告北日本運送株式会社に対し金三九万九一四八円、原告小川昭之助に対し金五六五〇円ならびに各原告に対し右各金員に対する昭和四二年三月一一日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名のその余の各請求を棄却する。

訴訟費用中原告小川昭之助と被告との間で生じた部分は被告の、原告北日本運送株式会社と被告との間で生じた部分の三分の二は同原告の、三分の一は被告の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告ら「被告は原告北日本運送株式会社に対し金一一二万一四五〇円、原告小川昭之助に対し金一万〇六五〇円および右各金員に対する昭和四二年三月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行宣言。

二、被告「原告らの各請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの主張

一、原告北日本運送株式会社(以下原告会社という)所有の大型貨物自動車(栃一ハ二一二二号、ふそうT三八〇型八トン車。以下原告車という)は、次の交通事故に遭遇して破損し、原告小川昭之助は原告車を運転中同交通事故により負傷した。

(一)  発生時 昭和四一年五月二一日午後〇時四〇分ごろ(天候雨)

(二)  発生地 神奈川県足柄上郡山北町谷峨一〇二―一番地先の、同郡松田町方向から静岡県沼津市方向に通ずる国道二四六号線上。同地点は、幅員約七・四米のアスフアルト舗装道路で、沼津方向に向かい左カーブとなつているが、カーブ内側(沼津に向い左側)が山を切り崩した絶壁であり、前方に対する見通しの不良な地点である。

(三)  相手車両 被告所有の大型貨物自動車(大一す〇一四八三号、ニツサンUD型一〇トン車。以下被告車という)であつて、訴外園田泰利が運転していた。

(四)  事故の状況 沼津方面から東京・松田方面に向かう(上り車線の)原告車の右前部と東京・松田方面から沼津方面に向かう(下り車線の)被告車の前面中央部とが互に走行中正面衝突をした。

(五)  被害内容 原告車の運転台前部、フレームが大破した。原告小川が全治一週間を要する背、右肘、右膝擦過打撲、左大腿部打撲の傷害を負つた。

二、帰責事由

(一)  被告は被告車を保有し、同車を自己のため運行の用に供していた。園田泰利は、被告の被用者で、本件事故当時被告の事業執行のため被告車を運転していた。

(二)  園田の過夫 事故当日は雨天で道路が滑り易く、現場は、前方の見通が悪い地点であるから、園田は、自動車運転者としてかような地点を通過するに当り、反対方向から対向車が現われて衝突することのないよう予め徐行しかつ前方注視を厳にし、更らに道路の中心線を突破することのないよう左側通行を遵守すべき注意義務があるのに、これを怠り慢然と従前の時速約三〇キロメートル時のまま進行した過失により折柄対向進中の原告車を発見し、左カーブとなつている地点で急制動をとつたため、被告車を真直ぐにスリツプさせ道路中心線をこえて右側車線に進出させ、原告車と衝突するに至つた。

(三)  そこで被告は原告小川に対し自賠法三条に基き、原告会社に対し民法七一五条に基きそれぞれ後記の損害を賠償すべき義務がある。

三、被告の主張三のうち、原告小川が原告車線上に停車していた大型貨物自動車の右脇を通過する際、一たん対向車線に入つたことは認めるが、その余は争う。原告小川としては、停車中の大型車の脇を通過する際、本件現場付近の道路状況では、対向車線内に進出しない訳にはいかず、また車長八・三二メートルの原告車を自車線に戻すのに若干の距離走行するのは已むをえないところであつて、原告小川に過夫があつたといえない。

四、原告らの損害

(一)  原告会社分 金一一二万一四五〇円

(1) 原告車修理代金五七万二六五〇円

(2) 休車料金五四万八八〇〇円 原告会社は原告車を含む自動車で運輸業を営む会社であるが、本件事故により原告車が破損し、修理を受けるまで原告車を就業させることができなかつた。このため原告車を就業させれば得たはずの利益を失つた。その損害額は、(A)原告車の事故前九五日間の運輸収入二一四万九四四八円からいずれもその間の原告車に関する、(B)修繕費七万四六二一円、(C)燃料費二一万七一三七円、(D)人件費二七万六三九一円、(E)減価償却費、自動車税、保険料合計六万六八四〇円、(F)消耗品費二万四八八〇円などの経費を差引いた純収入を九五日で除した一日平均額一万五六七九円の純収入の休車期間(昭和四一年五月二二日から同年六月二五日まで)三五日分五四万八八〇〇円である。

(二)  原告小川分 金一万〇六五〇円

(1) 治療費(昭和四一年一〇月一一日県立足柄上病院へ支払)六五〇円

(2) 慰藉料 うち金一万円 原告小川が被告の被用者の中心線突破による本件事故の巻添えを受け、前記の傷害を負い、肉体的精神的苦痛を被つたことの慰藉料の一部

五、被告の主張五は争う。

六、被告の主張六のうち、原告小川が原告会社の被用者であり、本件事故当時原告会社の事業執行のため原告車を運転していたこと、被告が本訴で原告会社に対し相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。しかも、右相殺の対象とされる原告会社の被告に対する債権は被告の不法行為により生じた債権であるから民法五〇九条により右相殺は許されない。右の相殺を許すことは、民法五〇九条の明文に反するのみでなく、原告の提起した訴訟が被告に利用されるという片手落を生じる。被告は、別訴ないし反訴によるべきである。

七、よつて被告は原告会社に対し金一一二万一四五〇円、原告小川に対し金一万〇六五〇円および各原告に対し右各金員に対する不法行為後の昭和四二年三月一一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の主張

一、原告の主張一を認める。

二、同二、(一)を認める。同二、(二)、(三)を争う。

三、被告車の構造機能に欠陥障害はなく、被告車の運転者園田泰利は無過失であつて、本件交通事故は原告小川の過失に基くものであるから、被告は、原告小川に対する関係でも免責される。即ち、原告小川は、沼津方面から松田方面に進行中、本件事故現場のカーブ(同原告の進路からみて右カーブ)に差しかかつたが、カーブ手前の自己車線上に故障のため停車していた大型貨物自動車の右脇を通過する際、反対車線に進出した。原告小川は、自動車運転者として、故障車脇を通過した後は、直ちに自己車線に戻り、対向車の進路を妨害しないように進行すべき注意義務があるのに、これを怠り慢然対向車線を約二〇メートル進行した過失により折柄対進する被告車の運転者園田泰利がカーブを曲がり、原告車を発見し危険を避けて右にハンドルを切つたところ、原告小川もハンドルを左に切つたため被告車に衝突するに至つた。

四、原告の主張四、(一)のうち、原告会社が原告車を含む自動車で運輸業を営むことは認めるがその余は争う。同四、(二)は争う。なお、仮に原告車の修理費が原告主張のとおりであつても、右の修理は原告会社自らが行つたものであるから、修理費から純収益相当分を控除すべきである。けだし、そうでなければ、原告会社は、修理に要した実費以外に修理による利益をも取得することとなり、事故による損害の回復以上をもたらすことになるからである。また、、物損事故の損害賠償は、修理に要する価額と事故直前の交換価額のいずれか低い価額をもつてすべきである。原告車の事故前の時価は二五万円を上廻らないから修理代がこれを上廻るときは損害賠償額を二五万円となすべきである。更に、修理所要期間は、原告車の破損の程度では、二週間程であり、破損車を廃棄して代替車を購入すれば一〇日程で入手できたから、一〇日間の休車料のみが本件事故と相当因果関係ある損害である。

五、仮りに被告の責任が否定できないとしても、原告小川には、被告の主張三のとおりの過失があつたから、損害賠償について考慮されねばならない。

六、原告小川は、原告会社の被用者で、本件事故当時原告会社の事業のため原告車を運転していたものでありかつ原告小川に前記三の過失があつたから、原告会社は、被告に対し民法七一五条に基き本件事故により被告が被つた被告車破損の修理代金三六万三三〇九円の損害賠償義務を負担した。そこで、仮りに原告会社が被告に損害賠償債権を取得したとしても、被告は本訴訟で、被告の原告会社に対する右損害賠償債権と原告会社の被告に対する右債権とを対等額で相殺する。双方の過失による自動車衝突事故のように同一の事実から事故関係者双方に交差的に生じた不法行為債権相互の相殺は、問題の簡易直截な解決として民法五〇九条にかかわらず許さるべきである。

七、被告の主張七は争う。

第四、証拠〔略〕

理由

一、原告の主張一、二、(一)は当事者間に争いがない。

二、そこで、原告の主張二、(二)、被告の主張三に鑑み、本件交通事故の原因と原被告車双方の運転者の過失の有無について判断する。

(1)  〔証拠略〕を綜合すると次の各事実(争いない事実を含む)を認めることができ、これに反する証拠は採用できない。

(2)  現場の状況 本件事故現場はアスハアルト舗装のしてある山合の道路(国道二四六号。幅員七・四米)で、沼津方面(被告車の進路)に向かい左カーブをなし、カーブ内側が山を切り崩した絶壁であり、前方に対する見通しが極めて悪い地点である。同カーブの角度は不明であるが、急なカーブであり、沼津方面に向かいやや登り坂となつている。同カーブの沼津寄りは約四〇米の間が直線道路であり、東京寄りは逆曲りのカーブに連がり、両カーブを合わせると、ゆるいZ字型をなしている。当時事故現場カーブの前記沼津寄直線路上り車線(ほぼカーブ付近にある電柱から約三〇米沼津寄り)に大型貨物自動車が故障のため駐車し運転者らはその場にいなかつた。故障駐車の事実がカーブ反対側(東京寄り)進入者に知らされる措置はなされていなかつた。なお、現場地点は速度が四〇キロ時に制限され、追越禁止の場所である。

(3)  被告車は、下り車線を時速三〇キロ時をこえる位の速度で、前記Z字形に沿つて現場カーブにさしかかつたが同運転者園田泰利は、格別警笛を鳴らさず、前方の交通安全を十分確認することなく、そのままの速度で現場カーブ(内廻り)に進入し、ほぼ曲がり終つた際、前方約四二・三米に故障車と並び、自己車線を進行する原告車を発見し、直ちに急制動をかけた。しかし、雨天のためもあつて、スリツプして直進し、反対車線に進出し、反対車線に約一・三五米入つた地点で被告車と衝突した。なお、甲四号証の六、証人園田泰利の証言には、園田がスリツプしたあと衝突を避けるためハンドルを右に切つて反対車線に出たとあるが、スリツプ中にハンドルを切つても車の進路を変えることができないから、これを採用できない。

(4)  原告車は上り車線を現場近くまでは時速約三〇キロ時で進んで来たが、約一五キロ時に減速し、警笛を鳴らし、反対車線に入つて事故車の右脇を通過した。原告車の頭部が故障車の頭部の二、三米手前に来たとき、原告小川は被告車を発見した。原告小川は、その場で直ちに急停車せず、軽くブレーキをふみながら、故障車の脇を通過し終つて左にハンドルを切り、自己車線に戻ろうとし、自己車線に一部入つて被告車と衝突した。

原被告車とも中央線を斜めに横切つた進行方向のまま、原告車の右頭部と被告車の中央頭部とが接触し、くの字形をなして停止した。なお、原告小川本人尋問の結果のうち、故障車の手前で一時停車したとの部分はそのまま採用できない。

(5)  これらの事実に照らすと、園田は、雨天に見通しの悪い内廻りカーブを進行するにあたり、警笛を鳴らさず、前方の交通の安全を十分に確認せずかつ徐行しなかつた点に過失があり(原告車の警笛を注意しなかつた点も問題となる)このため本件事故を生ぜしめたと認められる。他方、原告小川は、被告車発見と同時に急停車の措置を採らず、漫然自己車線に戻ろうとした点に直接の過失があつた(翻つて、原告小川は、見通しの悪いカーブ手前の追越禁止の場所で、故障車を避けてやむなく反対車線に入るのであるから、対向車に更に十分な警告を与え、最徐行して進行すべき注意義務にも違反している。)しかし、原告小川のこの過失の故に、園田の過失が否定さるべき筋合ではない。

(6)  そうすると、被告は、原告小川に対する関係で、自賠法三条但書の免責を受けることができず、原告会社に対する関係で、民法七一五条の責任を免れない。

三、原告らの損害は次のとおりである。

(一)  原告会社

(1)  車両修理代 〔証拠略〕によれば、本件事故による原告車の破損を修理するために要した費用が四九万一〇七七円であることが認められる。そして〔証拠略〕に照らし、各修理項目と程度において本件交通事故と相当因果関係のあることが了解できる。右証言によれば、原告会社で一部修理を行つたが実費相当分を右修理費に計上し、利益分を含めていないことが認められる。被告は、事故直前の原告車の市場価格が二五万円であつたから、多くともこの価格をこえない額を損害と評価すべきであると主張するが、被害者の現実の損害を顛補すべき不法行為制度からみて、特別の事情のないかぎり、原告会社が修理のため現実に出捐した以上、その出捐金額をもつて損害額と解すべきである。被告の立証をもつては、本件の場合現実の出捐を損害と認むべきでない特別の事情を認めることはできない。

(2)  休車料 原告会社が原告車を含む自動車で運輸業を営むことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、いずれも原告車に関する事故前九五日間の、(A)運輸収入が二一四万九四四八円、(B)修繕費が七万四六二一円、(C)燃料代が二一万七一三七円、(D)人件費が二七万六三九一円、(E)減価償却費、強制保険料、自動車税が六万六八四〇円、(F)消耗品費二万四八八〇円であることが認められ、これに反する証拠はない。原告は、原告車を就業させえなかつたことにより失つた得べかりし利益額算出において(D)、(E)の費目をも損益相殺しているが、弁論の全趣旨によれば、原告会社は原告車不就業にもかかわらず、不就業期間中右(D)、(E)の費目の支出がなされていると認められるから、これまでも、損益相殺する必要がない。

原告車の不就業のため失つた原告会社の一日平均利益は、(A)から(B)、(C)、(F)を控除した額の九五分の一である金一万九二九二円(円未満切捨)となる。証人宮田、同富士原の証言によると、本件事故の破損修理のため原告車を就業させなかつた期間が昭和四一年五月二二日(事故当日は事故時まで収益を得た)から六月二五日までの三五日間であることが認められる。被告は右不就業の期間が不当に長期間で、損害が不当に拡大されたと主張しているけれども、原告車破損の修理期間が特別不相当に長期に及んだことの立証がないから、この主張は採用できない。すると、原告会社が原告車不就業により被つた損害は、金六七万五二二〇円である(原告会社主張の金額は右の一部請求とみられる)。

(3)  ところで、本件事故が原被告双方の被用者の過失が競合していると解すべきことは前判示のとおりであるが、両者の過失の割合は同程度のものと評すべきである。そこで、原告会社が被告に対し賠償請求できる損害額はその実損害の半額である金五八万三一四八円(円未満切捨)である。

(二)  原告小川

(1)  治療費 〔証拠略〕によると、原告小川は、本件事故による負傷治療のため負傷当日一日通院し、一週間の加療を要すると診断されたこと、通院治療の費用六五〇円を支出したことを認めることができる。なお、この程度の小額治療費について過失相殺をするのは相当でない。

(2)  慰藉料 原告小川が本件事故で負傷したことにより苦痛を被つたことは推測に難くないところ、本件事故の態様、原因、負傷の部位程度、治療の状況などに照らして金五〇〇〇円をもつて慰藉さるべきものと認める。

四、次いで被告主張六について判断する。

(1)  被告が本訴訟で原告会社に対し相殺の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。被告が、右相殺をもつて対抗しようとしている債務は、不法行為に因りて生じたものである。しかし、自働債権と受働債権とが社会的に見て同一事実から同時に生じていると認められるときには、この債権が不法行為に因りて生じたものであつても、相殺は、被害者の救済、不法行為誘発防止という民法五〇九条の立法趣旨に反するおそれがない。従つて、原被告双方の被用者の過失が競合して発生した本件交通事故により交差的に生じたと主張される各不法行為債権の間の相殺は、民法五〇九条により禁止されないと解すべきである。

(2)  原告小川が被告会社の被用者であり、本件事故当時、原告会社の事業の執行のため原告車を運転していたことは当事者に争いがなく、本件交通事故の発生が原告小川の過失をも原因としていることは前判示のとおりである。〔証拠略〕によると、被告は本件交通事故による被告車破損を修理するため金三六万八〇〇〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠がない。〔証拠略〕に照らして右修理費の支出項目、程度は本件交通事故と相当な因果関係あるものと認められる。しかし、原被告被用者の過失割合は同一であるから、これを考慮すると、被告が原告会社に対し賠償請求できる損害は右実損害の半額の金一八万四〇〇〇円と認められる。従つて、本件相殺により原告会社の被告に対する本訴請求債権のうち同額部分が消滅した。

五、以上の次第で、被告は原告会社に対し金三九万九一四八円、原告小川に対し金五六五〇円および各原告に対し右各金員に対する不法行為後の昭和四二年三月一一日から各支払済まで民法所定年五分の割合による金員を支払うべき義務があるから、原告らの本訴請求はそれらの範囲内で正当として認容し、その余は失当として棄却を免れない。そして、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山英巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例